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Selfishly

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金猫の恩返し Off本版6章



金猫の恩返しWEB本版

 六章  ~ 気ままな飼い猫の還る場所 ~

 

 人気のない部屋を見回しながら、ロイは深いため息をつく。

 この部屋に主が暮らしたのは、ほんの数日だけで、その後は
1度も使われなくなって、早数ヶ月経つ。
 そしてそれは、エドワード達がイーストに、もっとはっきりと言うなら、
ロイの元に姿を現さなくなっている月日を示している。
「どこで何をしているのやら…」
 移動には警戒でもしているのか、なかなか二人の足取りも掴め難い。
 時たま預金が動いている事から、ちゃんと無事でいることは判ってはいるのだが、
それ以上のことは、調べる合間に雲隠れされてしまう。
「何か気に障るような事でもしたのか…?」
 力なく扉を閉めて、ロイは気落ちしたままリビングへと戻る。
 
 前回戻ってきたときに、風邪を患ったエドワードを看病するうちに、
自分の恋心に気づいたロイは、それを隠しながらも、エドワードとアルフォンスに
戻るべき家と、彼らの部屋を用意した。 
 確かに躊躇いは大きかったようだが、エドワードも最後には嬉しそうにしてくれていたのだ。
 なのに何故、戻って来てくれなくなったのだろう…。
 最初の数週間は、いつもの事だと、定期報告さえ寄越さないエドワードに諦めもしていた。
 その後、おかしいと思ったのは、報告書を送ってきてからだ。
 要求するまで提出をした事が無いエドワードが、律儀なほど定期的に報告書を送ってくる。
 そのおかげで、消印から彼らの移動している地域はわかるのだが、
去る間際に出される報告書では、次に移動した場所がわかるのは、
次の報告書が届いてからしかわからない。 しかも、どうやって動いているのか、
交通手段や目撃の報告も、さっぱりと上がって来ないのだ。
 二月間我慢に我慢したロイが、とうとう痺れを切らせて、捜査の網を張っていると言うのに、
いつもなら嫌でも届いてくるトラブルも、今回に限ってはとんと伝わって来ない。
 
 ロイも最初こそは、エドワードのそんな行いに腹を立てていたが、その期間が長くなると、
それは心配に変わり、それを通り越すと、絶望に近い淵まで消沈する事になっている。
 最初は自分の感情の変化に気づかれて、嫌がられたのではと危惧もしたが、
よくよく考えてみれば、あの自分の事に疎いエドワードでは、可能性としては低いだろう。
 病のときにロイにかけた迷惑を悔やんで、遠慮しているのかとも考えたし、
果ては用意した部屋が気にいらないのか、ベットが小さくて気分を害したのか等まで
考えを馳せては、どれもいまいち説得力に欠けるような気がしては、否定する事になる。
 答えの得れない問いは、悪循環を彷徨ううちに、どんどんと膨らんでいき、
最終の最悪な答えを導き出す。

『避けられている…』

 さすがに、これだけ探索網を逃れられれば、エドワードが見つかるのを嫌がっている事は判る。
 そして、それは突き詰めれば、ロイと合うのが嫌だ…という事に他ならないことは、
さすがに否定をしたくても、仕切れない現実だ。
 司令部の面々も、長い不訪問が続くにつれ、最初の心配から別の心配をするようになり、
先日もハボックに、「大佐、何か嫌がらせでもしたんじゃないっすか?」
と非難の籠もった目で見られ。 即刻、火炙りの処罰は与えたが、
司令部内に漂うそこはかとない嫌疑の視線が、ロイに纏わり付いている感が、
ヒシヒシと感じられている。

「全く、理由が判るなら、私の方が知りたいくらいだ…」
 ロイは、無気力にソファーに座り込むと、手足を伸ばして、だらりと凭れかかる。
 好きだと気づいた途端、相手と合えなくなる等、まるで自分の邪な気持ちを
諫められているような気持ちになり、鬱屈たる面持ちにもなるというものだ。
 が、さすがに若くしてここまで上り詰めてきただけはある、彼には諦めるとか、
判らず終いで我慢をするとかと言う、気弱な感情とは無縁だった。 
逆に、会えない間に募らせた想いは、穏便な考えを崩していき、
今では何が何でもという強い意志を膨らませる結果となっている。
「取り合えず捕獲が先だな」
 物騒な光りを湛えながら、ロイの双眸は思考の回転と同様に、目まぐるしく彩を変えていく。
 飼い犬ならぬ、飼い猫に逃げられたなど、ロイの高い矜持が許すはずが無い。
 躾けるのは飼い主の義務であり、権利だ。
 ロイは、捕まえる手段を頭で考えながら、捕まえた後にどう躾するかに、
ほの暗い喜びを胸に灯らせていた。

 その翌日から始まった、鋼の錬金術師更迭の手段は、ロイの自信を砕きそうになる。
 要するに、芳しい成果が上がらずに。

「どういう事なんだ! 通達は出ていた筈だろう!
 なのに何故、まんまと街を出て行かせてる!」
 ここ数日続いているロイの怒声に、周囲のものが『またか』と嘆息をつく。
 確かにロイが本気を出しただけあって、今までのように居場所が掴めないという事は無くなった。
 が、居場所が掴めるのは、主にエドワード達がその場を立ち去ってからなのだ。
「包囲網を掻い潜って? 言い訳は必要ない! 直ぐに、追いかけろ!」
 派手な音を立てて、投げるように置かれた受話器は、もしかしたら、
もう使い物にはならないかも知れないな、と沈黙を守っていた面々の頭の中に浮かんでいる。
 上司の機嫌の悪さは、日に日に悪化を辿る一方で。 司令部のメンバーが、
エドワードが早く捕まる事を願うっても、仕方がない。
 触らぬ神に何とやらで、隣の執務室の扉を叩こうとする者も、めっきり減っていく。
 そんな中でも、変わらず執務室の扉を叩くのは、優秀な上に冷徹で知られている
彼の副官くらいだろう。
「失礼します」
 ノックの後に、不機嫌に伝えられた入室の許可を気にする素振りもなく、
ホークアイ中尉が手に書類を持って入ってくる。 
「また、追加の書類か?」
 げんなりと呟けば、「そうです」と冷静な声が返ってくる。
 不承不承受け取りながら、溜まっていく決済に、思わず逃走したくなるが、
エドワードの情報を追っている今、ここを離れることも出来ない。
 書類を置き終わっても、もの言いたげに立ち止まっている副官に、
ロイは諦めたように嘆息を付いて声を掛ける。
「君が言いたい事は判っている。 私だって…ムキになりすぎていると思っているんだ」
 独白のように呟かれた言葉に、「なら、何故」と問う。
「彼らが戻りたくないのには理由がある筈です。 答えが出れば、
きちんと戻ってくるのを待ってやるわけには行かないのでしょうか?」
 確かにエドワードたちは、軍規を乱している。 それが良い事だとは、
リザとて思ってはいない、いないが、少しだけ、もう少しだけ猶予を
与えてやって欲しいとも思う。
 彼らは並みの子供ではない。 自分たちの行動の意味も責任も、
ちゃんと理解している筈なのだから。
 
 ホークアイの援護の言葉に、ロイは苦々しい表情を見せる。
「君が言っている事もわかる。 が、これは彼、彼らの気持ちの問題ではない。
 私が…戻らせたいと思っているんだ。
 彼らが戻りたくないと思っていたとしても、私は戻したい。
 捕まえて、引き摺ってでも連れ帰りたい。
 だから、待つことはしない」
 そう言い切ると、もう話すことは無いと言うように、退出を示すように、手を振る。
 リザはきちんと礼をしながら、部屋を出て行く。 そして、出て行った扉の直ぐ傍で、
困惑の息を吐き出した。
『エドワード君達、早く戻ってきてね…』 祈るように呟かれた言葉は、リザの胸の中だけに響く。
 ロイとの付き合いの長い彼女には、煮詰まっているロイの気配が、伝わってくる。
 …彼は、酷く疲弊している。
 大佐の友人のカタリーナなら、ロイの状態を正しく、そう分析したかも知れない。 
 人は疲弊すると脆くなる。 肉体だけでなく、精神的にも切れやすくなって、
己の感情にストッパーが利き難くなるのだ。 
 ロイはエドワードとの関係に癒しを見つけた。 それが手に入らない今の状態では、
本人の自覚が有る無しに関わらず、心身は疲れとストレスを溜めていく事になる。 
 それは癒しを見つける以前より、得てしまったことで、倍増している筈だ。 
 ロイの為にも、そして、発見された時のエドワードの為にも、早く戻ってきて欲しいと、心より願う。

 そして、その願いは、思ったより早く叶えられる事になった。

 
 ***
 
 疲れた足を動かしながら、ロイは門の前で暗い自分の邸を見る。 見る事になる筈だった…。
「まさか…」
 思わず声に出るほどの驚きに、開錠している指が、焦りで上手く動かせない。
 灯りが…、そう、灯りが燈っているのだ、今、邸に…。
 その意味が表すことは一つしかない。 ロイは慌て過ぎて、道に足を捕られそうになりながらも、
玄関までの距離を駆け込んでいく。
 息を上がらせながら扉を開ければ、自分の予想を裏付ける匂いに迎えられて、
思わずその場に座り込みそうになる。

「大佐、戻ったのかぁー?」
 憎くなるくらい暢気な声が、中から届いてくる。
 ロイは足音も高く、廊下を進んでいくと、呆れるくらいいつも通りに
料理をしている後姿に、怒鳴り声に近い呼び声を上げる。
「鋼の!!」
 その声にエドワードが振り向きながら、一言。
「お帰り」 
 そう笑顔で告げられる。 
 ロイは今度こそ、入り口の柱に縋るように、その場に座り込む。
 そして、顔を手の平で覆いながら、力ない哂いを洩らす。

 そして、小さく…。 「ただいま」と返事返したのだった。


「君一体、どこを放っいていたんだ?」
 完敗の再会に、ロイは食事をしながら悔しそうに聞いてみた。
「どこって…う~ん、色々かな? 北の果てにある村にも行ったし、
南の中央の都心にも行ったしさ」
「どうやって? 一向にこちらには、情報が回って来なかったぞ」
 苦々しくロイが問いただすと、エドワードは申し訳無さそうな表情を見せながらも、
「内緒」と明かそうとはしない。
「内緒ってねぇ…、それで済ませられると思って…」
 憮然とした表情で続けられそうな説教を、エドワードは料理を勧めることで躱す。
「ほらほら、こっち食べてみろよ。 教えてもらうのに、散々苦労させられたんだぜ、
あんたこういう料理好きだろ?」
 料理なんかで懐柔されるものかと思いながらも、一口含んだ料理に思わず…。
「上手い…」
 と呟きが洩れてしまった。
「だろ? 絶対に気にいると思ってたんだ。 こっちも食べてみろよ、
ちょっと辛目だけど、あんた酒飲むから丁度いいだろ」
 そうやって薦められる料理が、どれもロイの口に合って、久しぶりに食が進む。
 食が進めば、腹も満たされるし、人は腹が膨れると怒りを持続させにくくなるものだ。
 結局、エドワードを問い詰めるどころか、料理を褒めながら、エドワードの旅の話に
耳を傾けている自分が居て、思わず、そんな自分を詰ることに気づいたのは、
入浴をしている最中だった。
「あんな事では、皆に示しが付かないじゃないか! 
 ここはビシッと叱って、思い知らせるべき時だろう!」
 そう、一人になれば熱り立つ癖に、エドワードの姿を認めると、
そんなものなどどうでも良くなってしまう。
 つくづく、骨抜きにされている自分が、心底哀れだ、こうなると…。

 入浴を済ませてリビングへと戻ると、まだ片付けているのか、隣から音が聞こえてくる。
 少しだけ冷えた頭は、冷静に告げてくる。
 もう既に負けているのだと。 だから、怒る事も出来やしない。 
それ程、心を寄り添わせた相手に、本気で怒り続けることなど難しいだろう、
傍にいてくれているならば。
 が、聞くべき事はやはり聞いておかなくては、この先こんな事が度々続いたら、
ロイの神経が磨り減ってしまう。
「鋼の、こちらに来なさい」
 そのロイの呼びかけに、「ん~、わかった」と返答があって暫くした後、
エドワードがお茶を両手にやってきた。
「ほい、こっちがあんたのな」
 そう言って渡されたカップを受け取って、ロイは自分の座っているソファーの横を叩く。
「えっ? いいよ、俺はこっちで…」
 そう予想通りの返事を返すエドワードに、無言のままソファーを叩くのを繰り返すと、
観念したように、そっと横に座ってくる。

「鋼の、聞かせてくれないか? どうして、戻らなかったかを」
 ロイはカップに口を付けた後、そう切り出していった。
 余計な言葉は、彼には必要は無いだろう。 賢い少年だから、ロイの言いたい事も、
自分が取った行動も、全て察しているだろうから。
 暫く無言でカップを温めていたエドワードが、ポツリポツリと語り始める。 
「俺、大佐には色々と良くして貰ってると思う…。
 いつも、あんま素直に言えないんだけど、ちゃんと感謝してるんだ、これでも」
「鋼の…」
「だから、出来るだけ一生懸命に返そうとも思ってきたし、
そりゃー、あんたがしてくれてる事には、返せてる程度にもならないかも知れないけど、
俺なりに頑張ってきたつもりだったんだ」
 ロイはツキリと痛む胸を押さえた。 エドワードの好意を喜んでいたが、
実はそれは彼の律儀な恩返しの行為だったのだろうか…。
「でも、あの時あんたが、俺らの部屋を用意してくれて…、怖くなった」
「怖くなった?」
 ロイは内心、ギクリとさせられた。 疎い疎いと思っていたが、
思ってた以上に彼は聡かったのだろうか。
「ん…。 だって俺には、あれ以上に返せるものなんて、何にも無かったから…」
 一口も付けられていないカップを握り締める力が強くなる。
「鋼の…、私は別にそんなことは…」
 話し始めた言葉は、エドワードによって遮られる。
「判ってるよ! あんたが、そんな事を期待する奴じゃないって事は。
 でもじゃあ、俺が傍に居て良い理由が無くなるじゃないか!」
 激昂するように言い募るエドワードが、固い表情でロイを睨んでくる。
「親切にして貰った分は、ちゃんと返しなさいって、母さんがいつも言ってた。
 だから、俺は俺なりに返そうと頑張ってきたし、あんたが…あんたが、
それを少しでも喜んでくれてるのが、嬉しかったから…」
 語尾の方は小さく消えそうに告げられた。 ロイは、困惑する頭の中で、
エドワードが言った言葉を理解しようと悩ませる。 
 彼は、私に何を貰ったと言うのだろうか? 
 そんな考えに、当てはまる事を探って見せるが、探って驚いたのが、
何も、別に何もしてこなかった、自分のことだ。
 文献や資料は、彼は等価交換だと言って、任務を引き受ける。
 だから、それに関しては、してやった内には入らないだろう。
 なら、何を…、いや、それよりも、それは彼に負担を与えていたという事か?
 姿を晦ましたくなるほど…?
 衝撃と言って良いほどの驚きが、ロイの胸の中に重く落ちてきて、
息苦しい程の圧迫感を与えてくる。
 自分は彼と居て、楽しかったし、嬉しかった。 だから、少なくとも来てくれている限りは、
彼も同様ではなくとも、少しはロイに好意を持ってくれていると信じてもいた。
 なのに、それは唯の自惚れで、思い込みだったと…?
 エドワードは、そんなロイの思いも気づかずに、話を続けていく。
「だから、あんたが俺らに家を与えてくれると言ってくれた時になって、
もうこれ以上あんたの傍には居られないと思った。 だから、俺の中で諦めが付くまでは、
あんたと会ちゃ駄目だと決めて旅を続けていた。
 …… でも、戻ってきちまったけど・・さ」
 ロイの暗い思考を止めるようなエドワードの告白に、ロイは些細な疑問を抱く。
「どうして、会っては駄目なんだい?」
 そうだ、その事が重要な事なんだ。 ショックの余りに、原因よりも他に思いが走ってしまったが、
何故、エドワードがそんな行動を取ったのか、そこが重要なポイントじゃないかと、
遅まきながらに気づいた。
 ロイが問うた言葉に、エドワードは大きな瞳を更に大きく見開いたかと思うと、
瞬時に紅潮した顔を、ロイの視界から隠すように、下を向いて耐えている。
「エドワード…」
 ロイが呼んだのが名前だったことに、エドワードの肩が小さく跳ねる。
「聞かせてくれないか? どうして、私と会っては駄目なんだい? 
諦めるのは、何を?」
 ロイは次第に広がる感情に、言いようも無い幸福感を感じていく。
 勿論、期待しすぎるとがっくり来るハメにならないとも思うので、
過剰なことは望まないが、少なくとも最悪の答えだけは、違っていたようだ。
「…」
 小さな小さな応答は、ロイの耳には僅か届かなかったようだ。
「済まない…聞き落としてしまったようだ、もう一度言って貰えないか?」
 エドワードの顔に耳を寄せるように、ロイが屈んでいく。
 と、突如押されたせいで、思わずソファーへと身体をぶち当たらせてしまう。
「エドワード、何を…」
 抗議しようとした声は、エドワードの険相に止まってしまう。
「あ、あんたなー。 そ、そんな恥ずかしいこと、何度も言えるわけないだろ」
 さも恐ろしいとばかりに、膝を抱き上げて、ふるふると身を震わせている。
 赤かった頬は、今では顔全体、首筋にまで至り、興奮のあまりか、目尻まで潤んでいる。
 ロイは暫く、過剰な反応のエドワードを茫然と眺めていたが、ついつい浮かんでくる悪戯心
に逆らう事無く、エドワードとの距離を詰めていく。
「いいじゃないか。 どうせ、一度言ったんだから、何度言っても同じ答えなんだろ?
 なら、聞かせても、今更変わるわけでも、私が困るわけでもないしね」
「ち、近寄るなよ! 困る! 絶対、あんたも困るから!」
 必死に両手を突っ張って、ロイを押し返そうとするエドワードの両手を、
ロイは手前に引くことで、あっさりと胸に閉じ込めることに成功する。
「な・な・なっ!! は、離せ、離せよ!!」
「君がさっきの言葉を言ってからだ」
 ジタバタと暴れるエドワードを、抱きしめるには骨が折れるが、ここで離す気は、もうとう無い。
「い、言わない!」
「なら離さない」
「離せよ!」
「君が話したら、考える」
 そんな問答を繰り返しながら、先に根を上げたのは、精神的に未熟なエドワードの方だった。
「…聞いて後悔しても、知らないぞ…」
「絶対にしないから、大丈夫だ」
 もし、エドワードの答えが、ロイの歓迎しない言葉であっても、ショックは受けるだろうが、
気持ちが変わるわけでもない。
 なら正しい答えを聞いて、それに対する手段を考えたほうが、遥かに前向きだ。
 それに…と、腕の中で不貞腐れたように大人しくなっている子供を見下ろしながら、
『そんなに、嫌な答えじゃなさそうだし』と楽観的なことも考える。
 暫くはブチブチと文句を呟いていたが、このままではロイが引き下がらないと感じたのか、
観念したように深いため息を付いている。
「聞かなきゃ良かったって、思うに決まってる癖に…」
 往生際悪く、まだそんな事を言ってくるエドワードの旋毛にロイは顎を置いて、
早くしゃべれと突いてやる。
「・・・・・・・・・・・・・ すきだったから・・・・・・・・・・・・」
 長い沈黙の後に、ポツリと呟かれた言葉に、ロイは驚いて身体を離す。
 そのロイの行動に、エドワードの表情が曇るのを見て、更にロイを慌てさす。
「だから、聞かなきゃ良かったのに…」
 目を伏せて呟かれた声には、非難よりも詰るよりも、哀しみが籠もっていた。
 ロイは心外だと言うように、頭を横に振る、何度も。
 そして、振り疲れた頃、自分でもどうしようもない位緩んでくる頬と、
気持ちをコントロールする事も出来なくて…。
 いや、コントロールする必要など、どこにもない。
 今もっともロイが欲している言葉を、エドワードがまさか捧げてくれたこの瞬間に。
 何故、我慢など無粋な事をしなくてはならないのか。
 ロイはエドワードの表情を見たいと、離した身体を、今度はさっき以上に触れ合えるようにと、
力を入れて抱きしめる。
「ちょ、ちょっと…」
 慌ててむずがるように、身を動かすエドワードをロイは宥めるように、あやす様に背を撫でてやる。
「私も、エドワード。 私も君と一緒だ。 君の事が好きだ。
 大好きだと思っている」
 そんなロイの告白に、エドワードは揺らしていた身体をピタリと止めて、ロイを見上げてくる。
 唖然とした表情が幼く、あまりに可愛くて、ロイはチョコンと鼻のテッペンにキスを落とす。
 その行為に驚いたのか、エドワードの瞼がパチパチと閉じられる。
「だから、諦めるなんて哀しいことを、言わないでくれ」
 そう懇願するように告げるロイの目の前で、愛しい子は哀しそうに小さく首を振る。
「エドワード?」
 そんな相手の行動に、ロイが困ったように名を呼ぶと、綺麗だと、
いつも心の中で賞賛していた金色の宝石から、ツゥーと雫を伝わせていく。
 ロイが驚きで困惑をしている間にも、エドワードは透明で綺麗な粒を落とし続け、
小さく唇を戦慄かせるようにして、告げてくる。
「ち、違うんだ…。 あ、あんたが言ってくれるのと、俺が言うのとは、意味…が違う。
 お、俺は馬鹿だから、あんたが優しくしてくれればくれるほど、付け上がって、
あんたに迷惑をかけちまう。
 あんたは、俺に光をくれた。 そして、灯りも…。
 俺は自分から捨てたくせに、あんたが招いて与えてくれる灯りを、
ずうずうしくも欲しいと思っちまったんだ…。
 … あんたごと、全部……」
 ロイは、胸に広がる思いを噛み締めながら、一言一句聞き漏らしたりしないように、
エドワードの言葉を、大切に自分の中へと取り込んでいく。

 告げているエドワードの方はといえば、溜めていた思いを吐き出す度に、
重く塞いでいく気持ちに、胸が痛みで軋み続けているのを我慢しながら耐えている。
 今ここで、きっちりと決着を付けておかないと、馬鹿な自分は、
また未練がましくロイを想って離れられないと解っていたから…。

「こ、これは恩返しなんだからって理由で、あんたの傍に居る言い訳を作ってみたりして…。
 それでも、あんたの傍を離れたくなかった…。
 いつか俺の気持ちがばれて、あんたが困る事になるとは思っていても、
少しでも長くあんたの傍に…居たかったから…」
 ロイはゆっくりと浸透していく、エドワードの言葉を感じていた。
 そして、自分の抱く想いが、独り善がりでなかった事を知る。

 ロイはゆっくりと動かした手で、エドワードの両頬を挟みこむと、
悲しみと辛さで震えている小さな唇に、優しい口付けを落とす。
 ロイの突然の行動に、エドワードの瞳は驚愕で瞠られ、そして、動きが固まった事を良い事に、
ロイが次はもう少し長めの口付けを施す。
 ゆっくりと、でも執拗に、ロイはエドワードの唇に、自分の思いを染みこませる様に、
伝わるようにと口付けていく。
 角度を変えての口付けは長く、苦しくなったエドワードが酸素を求めて開ける隙間に、
求められていないものまで、潜らせていく。 最初は脅えさせないように、
小さく軽く触れ合わせ、それは次第に貪欲に強引に巻き込んでは、エドワードの口内を味わっていく。
『どれよりも美味だ』
 エドワードの作ってくれた数々の料理が美味しかったのは、彼自身がこれ程甘美だからなのだろう…。
 そんな埒のない事を考えていると、味わい尽くそうとする強欲な要求が
、行為を深く濃くして進んでいく。
 
 ロイの口付けに驚き、翻弄されていたエドワードが、苦しさの余り、
行為を止めてもらう為に、空いている手でロイの身体を叩くが、
欲望に忠実になって動いているロイには、エドワードのそんな反応も嬉しくて仕方ないらしく、
気にする様子もなく、行為に没頭している。
「た、たいさ! やっ…」
 角度を変えての隙に、顔を背けるようにして口付けから逃げ出すと、
エドワードは取り合えずロイに止めるようにと、訴え始める。
 が、すぐさま頤を捕らえられての続きをする相手の行為に、思わず戦慄と怯えが走る。
 エドワードの思考は混乱し、気持ちは付いていけないのに、
行為はどんどんエスカレートしていく。
 もうこれ以上は受け止めきれず、切羽詰ったエドワードの次の行動には、
さすがにロイも行為の続行を断念させられる事になる。

「っつぅ!」
 ロイは、痛みに顔を顰めながら、口を手で覆う。
 エドワードと言えば、相手の手が緩んだ隙に、距離を離して、ソファーの隅で荒い息を付いている。
「エドワード…酷いじゃないか、噛むなんて…」
 涙目の抗議は、エドワードの様子に、深い後悔に変わる。
 シャツの襟元を握り締めるようにして、身体を縮こませて震えている彼の表情は、
怯えで引き攣っている。
「…済まない、やりすぎた…」
 そう謝りながら手を伸ばすと、エドワードが途端にビクリと反応するのに、
ロイは出来るだけ脅えさせないように、優しく語りながら抱きしめる。
「悪かった…。 もう、強引な事はしないから、そんなに脅えないでくれ」
 ロイは、まだ微かに震えているエドワードの身体を、優しく抱きしめながら、
小さな優しいキスを降らせていく。
「君が、余りにも嬉しいことを言ってくれたんで、思わず我を忘れてしまったよ。 
もう今日は何もしないから、許してくれないか…」
 ロイは許しを請うように、言葉とキスを綴っていく。
 自分がどれだけエドワードを必要としているか。
 会えない間、どれだけ哀しくて、辛いと思っていたか。

 そう告げていくうちに、抱きしめている体から力が抜けて、ロイの方へと摺り寄せられてくる。
 
 そして、ロイは回していた腕で撫でながら、語り続ける。
 
 離れる必要はないのだと。
 諦める必要もないのだと。
 
 次第に、怯えとは違う震えが、エドワードの身体に現われた頃、ロイは一番伝えたかった言葉を、
真剣な思いを込めて、エドワードに贈る。

「エドワード、愛している。 ずっと傍に居てくれ」

 その言葉に、ロイに回されていた腕が、しがみ付くように力を強くする。
 その腕の強さが、エドワードにもロイが必要だと訴えてくれているようで、
ロイは、嬉しさと愛しさで溢れ出す気持ちを止めることが出来なかった。
 だからその気持ちを止めようとせずに、エドワードに告げていく。
 君が傍に居てくれる事が、自分にとって最大の恩返しだと 
 そう伝えられたエドワードが、我慢していた思いをぶつけるように泣き出すのを、
ロイは根気強く、辛抱強く宥めていく。
 そうして、漸く泣く事を思い出した子供は、ロイの与えてくれる温もりと優しさのせいで、
益々涙を溢れさせていく、
疲れ果て、その腕の中で寝付くまで…。
 
 腕の中で泣きじゃくっていた愛し子は、まだまだ幼い子供なのだ。
 焦る余りに驚かしたりしないように、時間をかけて、ゆっくりと育てていこう。 
 ロイはそう誓いながら、この手を離さないようにと、しっかりと抱きしめる力を強くしていくのだった。





 東方司令部では猫を飼っていた。
 気ままで、ふらりとしか寄り付かない、
   金色の綺麗な子猫。
 暫く訪れが無いと思っていると、
            どうやら、住処が出来たらしい。
 猫は家に付くと言うから、余程気にいった場所が
 あったのだろう。 

 今日も暖かな灯りと温もりに包まれて、
 すくすくと育っていく。
 いつか育まれた愛に、お返しが出来るその日を夢に…。

                                完



       
[番外】
 シューシューと、蒸気を巻き上げながら列車が停まった。
 その中から、ドッと大勢の乗客が吐き出されてくる。
 イーストが終点の為か、中から出てくる人々は、長い長蛇の列を作りつつ、
  川の流れのように続いている。 全ての人が出終わるにも時間がかかりそうだ。
 次に、乗り込もうとしている気の早い者達は、列車の入り口で、
  中の人々が出終わるのを、今か今かと待ち構えている。

「良かったのに、見送りなんか。 わざわざさ」
 乗客の波に飲み込まれぬように、少し離れた柱の影では、
旅立つエドワードと、見送りにきた二人が立っている。
「いいじゃないか、どうせ、ついでなんだから」
 エドワードの当惑を全く解さず、そう答えてきたのは、エドワードの上司で、
 もう一人の送り人の上司でもある。
「つってもなぁ…」
 上司が見送りに来るなど、どう考えてもおかしい気がするし、
 今までもなかった事をされるのは、妙に意識してしまう。
 特に、昨夜の事があるだけあって、面映くて仕方が無い。

 昨夜、ロイの腕の中で眠ってしまったエドワードは、朝起きたときに、
 悲鳴を上げなかった自分を褒めた。
 嬉しそうに自分の寝顔を見ていた相手が、ロイだと認識した瞬間、
 息どころか心臓まで止まってもおかしくない位驚ろかされたのだ。
 思考が真っ白になって固まっているエドワードを気にする事無く、
 ロイは抱きしめたまま色々と話しかけてくる。
 上手く頭が働かない状態で、何とか返事を返していき、出立まで時間が余り無い事を
 伝えたときの、ロイの表情が酷く残念そうだったのだけは、妙に印象に残っていた。
 それ以外の事は、正直どう答えたのかさえ、朧な有様だったが…。

「ハボック、鋼のに何か飲み物でも買ってきてやれ」
 そう言いながら、ロイが自分の財布をハボックに投げ渡すと、ずしりと重い財布を、
 上手く受け止めながら、ハボックが人波を器用に避けながら、売店の方へと向かって行った。
「おっと…」
 それを見送りながら、ロイが小脇に抱えたぶ厚い手帳を、バサリと二人の足元に落とす。
「あーあ、大佐。 何やってんだよ」
 呆れたようにそう言いながらも、エドワードが拾い上げてやろうとしゃがみ込む。 
 そしてその後直ぐに、ロイも屈みこむ。
 往来の人々が多い中、柱の陰の二人の動きなど、埋もれてしまって、気にする者も、
 見渡せる者もいなかった。

 ハボックが、頼まれた物と、ちゃっかり自分達の分も買い込んで戻るときに、
 ロイとエドワードの姿が見えない事に焦りながら近づいて行く。
 暫くして人波に埋もれていた二人の姿を確認できると、ホッと胸を撫で下ろした。
「ほい大将、お待ちどう~」
 買い込んで大きく膨れている袋を、手渡そうとしたハボックの動きが止まる。
「どうしたんだ、大将?」
 両の手の平で口を覆いながら、真っ赤になってワナワナと
震えているエドワードに、怪訝そうに聞いてみる。
「鋼の、そろそろ列車に乗り込んだ方が、いいんじゃないか?」
 エドワードの代わりに、そう応えたのは、向かいに立っているロイだ。
 ロイはハボックが持つ袋を、代わりに受け取り、エドワードの背を、
 「さあ」と押して促す。
 漸く呼吸を整えたエドワードが、噛み付きそうな目でロイを睨み返しているが、
 そんな彼の様子など、気にする事もなく、ロイはエスコート宜しく、
 エドワードを促して歩き出す。

「なんなんだ?」
 一人蚊帳の外のハボックが、両極端な二人の表情を見比べながら、
 頭をポリポリと掻きながら付き従っていく。

「では、気をつけて行ってきなさい。 余り無茶をしないようにな」
 列車に乗り込んだ、エドワードの座席の窓際から、ロイはそう声をかける。
 まだ幾分と、頬が紅いようなエドワードが、憮然とした表情で、渋々頷き返す。
「じゃぁな、大将。 気をつけろよな」
「うん、わざわざごめん、ありがとうな」
 互いに挨拶を返し合っていると、出発を知らせる汽笛が鳴り響く。
 車体が細かく振動を伝え始めると、列車から距離を取る様に数歩下がるロイ達に、
 エドワードが何かを言おうとして、躊躇いを見せるが、結局、視線を彷徨わせたまま俯いてしまう。
 そして、ゆっくりと列車が動き出す。
 小さく手を振る二人の姿が後ろへと流れていくのを見た瞬間、
 エドワードは突き動かされるように、窓枠から乗り出し、言葉を告げる。
「行ってきます!」
 それだけ告げると、その後姿は見えなくなり、驚いている二人を置いて、
 列車はどんどんと去っていく。

 スピードを上げた列車が小さくなっていくのを見送りながら、
 ハボックが隣で一緒に見送る上司に話しかける。
「俺、大将が行ってきますって言って、出て行ったのを始めて聞きましたよ」
「ああ、私も始めてだ…」
 そう返した上司の表情が、余りにも嬉しげだったので、ハボックは
 それ以上余計な言葉を差し挟まず、上司の気の済むまで、
 その場で付き合い、小さくなった列車の影を見送る事にした。 

 戻れる場所が出来たから、言える言葉もあるのだと、
 互いが少しだけ寂しい想いと引き換えに、学んだのだった。




 ★次回は書き下ろし
  『麗しき金の獣』の予定です。
   お楽しみに。(^-^)V


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